序 ヴェトナム戦争の現在

3 ヴェトナム戦争の現在

リック・バーグとジョン・カーロス・ロウによれば、近来、アメリカに於ける「ヴェトナム戦争」は「商品」になってしまっているという。すなわち、それは「子供たちのヴィデオ・ゲームや玩具、コミック」から「美術展覧会に於ける主題」に至るまで、「市場性の高いイメージ」として「販売されている」のである。彼らによれば、そこに見られる「ヴェトナム」とは、専ら「アメリカが傷付けられた出来事」としてのそれであり、そして、こうした傾向は結局「我々アメリカがヴェトナムで敗北し、何かを失ったことを心の底では認めていはいないことを示唆しているのだ」【01】。

また英誌『ザ・ガーディアン The Guardian』のコラムニスト、マーティン・ウォーカーは、「フランクリン・ローズヴェルトの死、及び第二次大戦終結から50年、そしてサイゴン陥落から20年」という節目の年たる1995年に、それら3つの歴史的事象を巧みに関連付けながら、1980年代以降の「ヴェトナム戦争映画」を以下のように位置付ける。

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しかしながら「ランボー・シリーズ」は、ハリウッドが戦争を扱った映画群のうちの一例でしかない。実際、ヴェトナム戦争映画はひとつの映画ジャンルとして確立するに至った。そして、『ディア・ハンター』から『地獄の黙示録 Apocalypse Now』、また『プラトーン Platoon』や『7月4日に生まれて Born On The Fourth Of July』、さらには『フルメタル・ジャケット Full Metal Jacket』から今年のオスカーに輝いた『フォレスト・ガンプ Forrest Gump』に至るまで、その一貫したテーマはアメリカ軍が犠牲者だった、ということに尽きるのだ。【02】
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他方、「ヴェトナム戦争」と「文化的記憶」との関連性を論じたマリタ・スターケンは、その論を進めるにあたって次のように述べる。

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・・・・・ハリウッドになるドキュメンタリー・ドラマは、〔記憶や歴史をめぐる〕国民的な意味体系を構築するにあたって決定的な役割を果たす。・・・・・同様に、ヴェトナム戦争の歴史も、歴史家によって「書かれる」のみならず、大衆向けに作られたハリウッドの物語映画によっても「書かれる」のだ。それらの映画はメディアの影響力によって歴史的に正確なものとされ・・・・・とりわけ若い世代、すなわちTVによるヴェトナム報道をその時代に見ることのなかった世代にとっては、歴史そのものとして再構築されるのである。【03】
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1980年代半ば以降は、所謂「ヴェトナム以後」の世代が、その政治的な発言力を徐々に獲得してゆく時期と重なっている。スターケンの言うように、そうした世代にとっては、ヴェトナム戦争は最早リアルタイムに体感したというより、TVや映画によって言わば「追体験」するものなのである。そして、1980年代のハリウッドは、そうした彼らの前に、ざっと数え挙げただけでも200本を超す「ヴェトナム戦争」を次々と提出した。そしてそれらの大部分が、ウォーカーの言うように、専ら「犠牲者としてのアメリカ」だけを前面に打ち出していたとしたら、その弊害を強調しすぎることはないだろう。すなわち、ロウとバーグが指摘している通り、「敗北したアメリカ」が「ヴェトナムで失ったもの」、すなわち対外軍事介入への大義やその道義性こそが失われたのだ、と言うことを「認めず」、そればかりか、特定の仕方で表象された「ヴェトナム戦争」こそが、実際のヴェトナム戦争を直接体験していない世代にとっての「歴史そのもの」となってしまうという弊害だ。そしてこのことは、アメリカが「ヴェトナム」から当然引き出し得る様々な教訓を無化するような方向へ、すなわちグレナダからパナマ、そして湾岸へと歩み出したという1980年代アメリカの動向と明らかに一定の相関関係をきり結んでいると思われる。

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【01】John Carlos Rowe and Rick Berg, “The Vietnam War and American Memory”, in their ed., The Vietnam War and American Culture (Columbia University Press, New York, 1991) p.2 【02】Martin Walker, “US divided over lessons of history”, The Guardian, April 23, 1995, p.6 【03】Marita Sturken, Tangled Memories: The Vietnam War, The AIDS Epidemic, and the Politics of Remembering (University of California Press, Berkeley and Los Angeles, California: 1997) p.23

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