ヴェトナム戦争の語り 05

3 構造と展開

Ⅱ 訣別と遭遇

ⅲ) 訣別


それはある日、唐突にやって来た。クリスの部隊が、行軍の最中にヴェトナム兵のアンブッシュ(待ち伏せ攻撃)に遭遇したのである。不意を突かれた部隊は負傷者を続出させ、命令系統は混乱し、友軍は誤爆を繰り返す。こうした大混乱に乗じて、バーンズは折から事あるごとに反抗的だったエリアスを孤立させ、自らの手で彼を葬り去ろうとする。エリアスは辛うじてその一命を取り留めるものの、その後に続く場面では大勢のヴェトナム兵に追い詰められ、何発もの銃弾を浴び、壮絶な最期を遂げるのである。そして、こうした一部始終をヘリコプターの上から目撃していたクリスは、バーンズに対する烈しい憎しみの念を抱き、続くヴェトナム兵との熾烈な戦闘をくぐり抜けたあと、重傷のバーンズに対して自らの銃口を向け、その引き金に手をかけるのであった。

部隊内に於ける兵士同士、とりわけ上官に対する殺傷行為は、「フラッギング fragging」として知られ、一般に「抑圧変調 stress disorders」という範疇に括られる心理的外傷体験に起因した逸脱行為のひとつであるが、こうした行為はヴェトナム戦争に於いて著しく増加した。これらは、激烈な戦闘によるストレス症状が極端なかたちで発露したものであり、戦闘ストレスの性質を分析したハリー・R・コーモスは、「上官襲撃という軍隊に於ける最高のタブー」を記録した文書類を入手することについては著しい困難が伴うと断ったうえで、「反抗、或いはあからさまな命令拒否は、ヴェトナムではじめて起こったもので、以前には見られなかった症状のひとつである」と述べている。彼によれば、命令拒否や上官襲撃などの逸脱行為は、当該兵士が余りにも長期間に渡って戦闘に置かれ続けた場合や、戦闘意欲や名誉欲に駆られた上官によって、野心的な作戦が配下の反対を押し切って強行されたような場合に生起したという【01】。また、「正義の戦争」からはほど遠く、「確かならざる大義のために、確かな血が流されていた【02】」ヴェトナム戦争の性格が、こうした逸脱行為を更に促進する要因として作用していたであろうことは想像に難くない。統計上、ヴェトナム戦争に於ける精神疾患の発生率そのものは第二次大戦などに比べ低かったとされているが、これは、限定的な従軍期間(365日)、慰労休暇がしばしば認められたことなど、特殊「ヴェトナム」的な諸条件によって従来型の精神疾患発生率が抑制されたことに起因している【03】。しかし他方で、疑わしい大義・国内の反戦運動・部隊への帰属感/忠誠の低下などの諸要因によって、従来の定義から漏れるような新しい型の精神的異常現象(薬物乱用・上官襲撃・反抗など)が、特に戦争末期、米国軍隊内に於いて飛躍的に増加していったのである【04】。バーンズがエリアスを襲撃し、そしてクリスがバーンズを葬るという上述の場面は、しかしながら、そのような問題意識―――即ち「ヴェトナム」に於ける精神疾患・戦争ストレス症の質的な変化を促した原因は何であったのか、或いはより一般的に、「ヴェトナム」を含む戦争・戦闘行為が如何にして精神的異常現象を招来し得るのか、という分析的で比較的「ニュートラルな」問題意識―――を喚起すると言うよりもむしろ、よりイデオロギー的な表象形式の存在を示唆するものとなっている。

と言うのも、先ず「バーンズがエリアスを襲う」という場面からは、これまで検討してきたように、「ヴェトナム戦争」と「本来的なアメリカの姿」との歪んだ関係性が再度浮かび上がってくる。事件の直前、クリスとエリアスが満天の星空のもとで語らう場面が挿入されているが、そこでエリアスは「この戦争は負ける・・・・・俺たちの国は横暴すぎたよ、罰が当たる頃だ」と発言し、人間性や良心、即ち「アメリカのあるべき姿」が、本来的には戦場にあっても健全たることを印象付けている。しかし、エリアスによって体現される「本来的なアメリカ」の姿は、「ヴェトナム戦争」に於ける巨悪としての側面を体現するバーンズによって傷つけられ、最終的には「ヴェトナム兵そのもの」によって悲劇的な最期を遂げることになる。言うまでもなく、こうした物語の展開によって心理的側面から補強・促進されるのは、既述のように、「例外的な状況/思いがけない不幸」としてのヴェトナム戦争観、すなわち今や「戦争の原因」及びその遂行を維持・促進した国内諸勢力による対抗・共犯関係等の属性が剥奪され、歴史的に脱・文脈化(デコンテクスチュアライズ)された「ヴェトナム戦争」という位置付けであり、一方でそのような戦争によって引き裂かれ、傷つくことになった「犠牲者」としてのアメリカの姿である。そこに於いては、要するに、かつての<時代=物語>によって惹起された悲劇、現在の自分たちが直接的な責任を負わない「ヴェトナム戦争」によって「本来的なアメリカの姿」が傷つき、汚されてゆく過程として、この場面が認識されてしまいかねないという危険性が孕まれている。そして、こうした論点に鑑みた場合、続く場面でエリアスが大勢のヴェトナム兵によって追い詰められ、壮絶な絶命を遂げるシークエンスからは、より大きな問題が提起される。

その場面、つまりエリアスという、「良心の体現者」たる一人の無防備なアメリカ人兵士(事実彼は火器を携行していない)が、銃器で武装した多数のヴェトナム兵による銃撃を浴びながら無残にも斃れるという余りに印象的な場面に於いて浮き彫りにされているのは、すなわち、「武装した圧倒的多数に翻弄され蹂躙される無防備な少数=エリアス=アメリカ本来の姿」及び「その少数を追い詰める卑怯な多数=ヴェトナム」という構図である。ここに至り、我々は、実際のヴェトナム戦争がこうした語られ方によって速やかにその立場を転置されていることに気付く。現実のヴェトナム戦争に於いては、日本よりもやや面積の狭いヴェトナムの国土に、第二次大戦で日本に投下された爆弾の100倍に当たる1600万トンもの爆弾が投下され、派遣された米地上軍は最高時54万2000名にまで達した【05】。のみならず、米軍は「オレンジ剤 Agent Orange」を始めとする「枯葉剤」を投入し、ヴェトナムの自然や生態系・将来世代などに対して深刻な爪痕を残した。要するに、大量の爆弾による「絨毯爆撃 carpet bombing」や枯葉剤・様々な新型爆弾など、物量作戦に訴えて凄まじいまでの物的破壊を進めたのは「圧倒的多数」たるアメリカであり、それら爆弾や枯葉剤などによって蹂躙されたのが、無防備なヴェトナムの民衆や自然のほうだったというのが歴史の事実であるにもかかわらず、余りにも衝撃的な「エリアスの死」の前にあっては、そうした事実は無化され、改変さえされかねないのである。そして、「卑怯な多数者=ヴェトナム」によって傷つき、打ちのめされた「アメリカ本来の姿」は、しかしながら、最後出の場面、すなわち「クリスがバーンズを葬る」という場面に於いて、力強く再生することになる。

クリスは、物語のラスト・シーンに於いてバーンズを射殺する。そこに見られるクリスとは、エリアスの遺志を受け継ぎ、ただ純粋で無知だった若者から脱皮して成長を遂げたクリスである。そして、今や胸を張り、バーンズという巨悪を永遠に葬り去るクリスの姿には、「新しいアメリカ/ヴェトナムを乗り越えるアメリカ」の姿が大きく重なり合っている。他方、そうした「新しいアメリカ(それは同時に「本来のアメリカ」でもある)」によって引導を渡される瀕死のバーンズには、最早「乗り越えられるべきもの」としての「ヴェトナム戦争」という巨悪が抜きがたく刻印されている。すなわち、クリスがバーンズに自らの銃口を向けることによって、喪われた「エリアス」を取り戻す手続き、つまり「アメリカ本来の姿」を再生させる一連の手続きが完了する一方で、死にゆくバーンズは、「ヴェトナム」に付随する様々な悲劇・過ちとともに、その存在が抹消されてゆくのである。最終的に『プラトーン』は、こうして、「新しいアメリカ」による「ヴェトナムからの訣別」を強く印象付けながら、その幕を下ろす。続いて検討する『フルメタル・ジャケット』に表象された「ヴェトナム戦争」との対比から、我々はこうした表象の形式をしかと銘記しておかねばならない。

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【01】ハリー・R・コーモス「戦闘ストレスの性質」;フィグレー編『ベトナム戦争神経症』,p.48 【02】オブライエン『本当の戦争の話をしよう』,p.72 【03】言うまでもなく、1年間という義務年限を終了した後、すなわち軍隊を除隊し本国へ帰還した後に、多くの帰還兵が1年から2年という比較的長期の潜伏期間を経て、戦争ストレスに起因する様々な精神障害に悩まされていたことは周知の事実である。〔チャールズ・R・フィグレー「ベトナム復員兵の心理的適応―その研究の動向」;フィグレー編『ベトナム戦争神経症』,pp.86‐97参照。〕また、6万から10万とも言われるヴェトナム帰還兵が自殺しているという事実も、こうした状況を雄弁に物語っている。〔Rowe and Berg, “The Vietnam War and American Memory”, in their ed., The Vietnam War and American Culture,p.11〕すなわち、臨床的症状の発現が遅れたことによって、「統計上」ヴェトナム戦争に於ける精神疾患発生率が抑制されたという側面も看過してはならないのである。〔シャータン「ベトナム復員兵のストレス症」,p.75〕【04】コーモス「戦闘ストレスの性質」;Ibid., pp.42‐50 【05】坪井善明『ヴェトナム―「豊かさ」への夜明け』,p.185

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