無題

I Want YouからHere comes the sunに移り変わるように
突然視界が開けた。

 

説明のないまま時は過ぎて、衛星が延々と廻り続ける。

遠くのほうから犬の鳴き声が聞こえたと思ったら、それは何かのサイレンだった。

何を知らせるサイレンかは知らないが、どうやら危険を知らせる何かみたいだ。

そんなものはきっと誰かの責任転嫁の賜物だと信じて疑わない僕は交差点の信号をなぎ倒した風な
色合いのスープを黙々とすする。

それにしてもこのスプーンは小さすぎるではないか!

そして完全に記憶がなかったのだ。目覚めた直後から、今の今まで。

細胞の隅々までいきわたる粘るようないやらしくもありがたいアルコール成分を蒸発させる日差し。

タングステンライトに照らされる静物になったみたいだ。野菜でいうのならば僕はズッキーニなのか・・。

キーボードをたたくのをやめたのはきっと誰かの書き込みに美味しいカレーうどんの話があったからかもしれない。

とても魅惑的なカレーうどんストーリー。永遠に終わらないようなカレーうどんストーリー。
ネヴァーエンディングカレーうどんストーリー・・・。

そうもしていると、幼稚園時代からの友人でワルシャワ出身のスタニスワフから入電。

「近くまで来ているから、顔を見せろ」と言ってきやがった。

どこにいると思ったら、ドアの前にいるでやんの・・。

スタニスワフにはだいぶお世話になった。

あれはいつだったかな・・
僕がBABY SPICEことスパイス・ガールズのエマに入れ込んでいたころ、
スタニスワフの友達の知人のまたその友達がエマだって事が判明して、ロンドンのクラブで遊んでいる情報を入手
してくれたっけな。

もちろん、嘘だったけど、エマ似のロンドンガールと知り合うことができたのはスタニスワフのおかげだった。

カムデンの小さな橋の下でエマ似の彼女はNINJAいや、もとい、KUNOICHIのように姿を消したけど・・・。

スタニスワフを見るとそのことをいつも思い出す。スタニスワフのいつもつけている香水を街で嗅いだだけでも思い出しちまうよ。

それはさておき、僕らは今日という日を、なんでもないただの平日を、お互いにどういった記念すべき日にするかを考えた。

氷屋で氷を一貫買ってきて氷細工をつくろうか?
いや、地味だ・・。あわせて末端冷え性の僕には無理だ。

ツェッペリンの曲をボサノヴァアレンジしてストリートで歌ってひと稼ぎするか?
いや、これも意外と地味だ。だいたい「移民の歌」のボサノヴァアレンジって・・どう歌えばいいのだ・・・。

スカイダイヴィングでもすっか?
いや、死ぬ。確実に死ねる。

真っ黒でしぼみかけた風船のような脳みそで繰り出されるアイディアはどれも実行に移すほどの価値のないものばかりだった。

仕方なく僕らは海に行くことにした。

男二人で電車で、新宿湘南ラインで、海に行くのもアレなので、車を借りた。

一番いいクラスのやつを借りた。記念日にすべく、そうすることに互いに異論は無かった。

スタニスワフの運転は見事だった。煽りの天才だ。まるでスピルバーグの「激突」のタンクローリーの気分だった。

そんなハンドルさばきを横目に僕は他愛もない質問をする。

「I Want youの次がHere Cones The SunじゃなくてBecauseだったら世界は少し変わっていたかな?」

「そうだな・・・もっとひどい世の中になってたかもしれないな・・」

「どうしてだい?WHY?ホワイ?ほわい!!??」

「あんなリフのあとにベートーヴェンの月光のコード逆回ししてみろよ・・・どうでもよくなるぜ」

「最高ってことか?」

「いや、ヤバいってことだよ・・・・」

「じゃあ、やっぱりI Want Youの後はHere Comes the Sunなのか?」

「そうだな。アナログはともかく、Abbey Roadがディスクに刻まれた日は
新たな記念日だったんじゃないか?」

「ああ、そうかもしれないな・・・」

次の瞬間、車は重く長いトンネルを抜け、日差しが溢れる海辺への曲がりくねった道に出た。

俺たちはその時ツェッペリンを聴いていた。

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